六月二十三日はディアーナにとって飛び切りの日だった。
だって、一年に一度しかない誕生日だ。
忙しい兄も少女のために時間を割いてくれる。
それが嬉しかった。
北の離宮で独り過ごしている間は寂しかった。
王都に戻ってから、二人で過ごす時間が増えたことがディアーナには幸せだった。
身支度をしていると、私室のドアがノックされた。
「はいですわ」
ディアーナは返事する。
第二王女の私室を知る者は少ない。
さらに、ノックする者はもっと少ない。
王族の証の紫の瞳がキラキラと輝く。
「入っても平気かな?」
聴き惚れてしまうような声がドア越しにかけられる。
「もちろんですわ」
ディアーナは答える。
この国きっての切れ者と名高い摂政殿下が一抱えもする贈り物を持って入ってきた。
「ディアーナ。お誕生日、おめでとう。
これで成人だね」
と同色の瞳が微笑んだ。
そして、セイリオスはラッピングされた贈り物を差し出した。
「ありがとうですわ」
ディアーナは両手を広げて受け取る。
少女の髪色のような薔薇色のリボンがかけられたプレゼントは、大きさの割に軽かった。
「開けてもよろしいかしら?」
マナー通りにディアーナは尋ねる。
「ディアーナの喜ぶ顔を独り占めしたいからね。
今、開けてほしい」
セイリオスは言った。
「まだ開けてもいないのに喜ぶだなんて、お兄様はよっぽど自信がありますのね」
ディアーナは微笑んだ。
テーブルに置くと、リボンを解く。
少女の紫色の瞳が大きく見開かれる。
それから、ためいきをついた。
「お兄様の勝ちですわね」
「嬉しいかい?」
セイリオスは訊いた。
「とっても嬉しいですわ」
プレゼントはつばの広い夏用の帽子だった。
これからの季節、活躍するだろう。
帽子集めが好きな少女にとって、これ以上ない贈り物だった。
白を基調とした帽子にはリボンや花で飾られていた。
「お兄様は魔法使いですわね。
私が欲しい物をプレゼントしてくださるなんて」
ディアーナは向き直り、言った。
「こう見えても院の一期生だからね」
青年は真面目な顔で言った。
「関係ありますの?」
「洞察力は磨かれたかな」
セイリオスは言った。
「まあ。お兄様はずっと前から、わたくしの魔法使いでしたわ」
ディアーナはセイリオスを見上げる。
同じ色の瞳が優しく包みこむように少女を見る。
「光栄だね」
セイリオスは微笑んだ。
「朝食前までに時間がある。
中庭を散策しないか?」
「いいんですの?」
ディアーナは幸運に喜んだ。
「それぐらいの時間はあるよ。
新しい帽子を被ったディア―ナを見たいからね」
「本当にお見通しですわね。
お兄様は飛び切りの魔法使いですわ」
ディアーナは笑った。
想い出が一つ増える度に、心にこみあがってくる気持ちは何だろう。
同じ色の瞳に見つめられる度、あたたかくなる気持ちは何だろう。
きっと、もっと年を重ねたら分かるのだろうか。
忙しい兄との時間がもったいなくって、ディアーナは急いでプレゼントされたばかりに帽子を被った。
「似合いますか?」
少女は青年に尋ねた。
同じ色の瞳に微かに切ない光が過った。
それがディアーナの胸を締めつける。
「もちろんだ」
セイリオスは言った。
まるで先ほど瞳に宿った感情が嘘だったように、澄んだ瞳が言った。
「さあ、行こうか」
手が差し出された。
ディアーナはその手に自分のそれを重ねる。
あと何回、こうしてエスコートしてもらえるのだろうか。
成人したのだから、姉のように嫁ぐのだろう。
小さな国を守るために。
いつまでも一緒にはいられない。
直接、プレゼントをもらえるのも今年が最後だろう。
「顔色が優れないね」
セイリオスは言った。
「お兄様の気のしすぎですわ。
ほんの少しばかり、考え事をしていたのですわ。
例えば、お兄様に見つからずに城下にお忍びする方法とか」
ディアーナは明るく言った。
「とんだお転婆姫だ。
困ったものだね」
セイリオスは微苦笑する。
自分もお忍びをするから強くは言えないのだろう。
「お兄様の妹ですもの」
ディアーナは朗らかに告げた。
「そうだね。
ディア―ナは私の可愛い妹だ」
セイリオスは噛みしめるように言った。
まるで何かに耐えるような口調だった。
きっと、自分の手から離れていく妹が寂しいのだろう。
セイリオスがぎゅっとディア―ナの手を握った。
だから、ディアーナも握り返した。
まだ、兄の妹なのだ。
見知らぬ誰かの妻ではない。
結婚までの時間、その特権を行使するつもりだった。
わたくしだけの魔法使いに、飛び切りの魔法を使ってもらうつもりだった。