誕生日の朝には帽子とメッセージカードと一輪の薔薇が届いた。
メッセージカードには送り主の名前はない。
流麗な文字で『誕生日おめでとう。エーベ神の祝福があらんことを』と書いてあるだけだ。
だから今年の誕生日も期待した。
けれどもディアーナの部屋に誕生日プレゼントは届かなかった。
代わりに私室のドアがノックされた。
「どなたさまですか?」
ディアーナは問う。
ドアを簡単に開けてはいけないと注意されたからだ。
都に戻ってから二年。
色々と複雑な立場に置かされているようだ。
「部屋に入っても大丈夫かな?」
清潔感があり、張りのある声が尋ねた。
「お兄様」
ディアーナはビックリしてドアを開けた。
病弱な父王に変わって摂政をしている兄が立っていた。
一抱えもあるような箱を持って。
「誕生日おめでとう。エーベ神の祝福があらんことを」
メッセージカードに書いてあった言葉をセイリオスは言った。
「ありがとうですわ。
名無しの王子様はお兄様でしたのね」
ディアーナは微笑んだ。
「ずっと秘密の方が良かったかな?」
セイリオスは言った。
「名乗っていただけて嬉しいですわ」
大きな箱を受け取る。
中には帽子と数枚の紙が入っていた。
「これは?」
ディアーナは紙を取り出す。
どうやら、楽譜のようだ。
見るだけでも楽しいような流れるような音符が五線譜に踊る。
「今年は特別だよ。
成人するのだからね」
セイリオスは言った。
「お兄様が作曲した曲ですか?」
「歌ってくれるかな?」
「もちろんですわ」
いくら趣味とはいえ、忙しい合間に作曲してくれた曲だ。
胸が熱くなるのを感じた。
「たくさん練習して、お兄様だけに聴いてほしいですわ」
飛び切り素敵な誕生日のプレゼントだろうか。
大事にしたい気持ちがこみあげてくる。
「私だけでいいのかい?」
「だって、お兄様がわたくしのために作ってくださってものですもの。
お兄様の為だけに歌いますわ」
ディアーナの言葉に、同じ色の瞳が細められる。
「それは楽しみだ。
急かすようで悪いが、これから中庭に出られるかい?」
セイリオスは言う。
「荷物を置いてきてもよろしいですか?
それに、新しい帽子を被っていきたいですわ。
ほんの少し、お時間をいただいてよろしいですか?」
ディアーナは言った。
「それぐらいの時間なら大丈夫だよ。
では、部屋の外で待っているよ」
セイリオスはドアを閉めた。
楽譜は鍵付きの引き出しにしまう。
鏡を見ながら、真新しい帽子を被る。
母と同じ色の髪に、白を基調とした帽子はピッタリだった。
これからの季節らしい色合いでまとまっている。
毎年贈られる帽子は、どれもこれもセンスが良かった。
兄が良く吟味してくれたのだろう。
ドレスの乱れがないか確認してから、ドアを開ける。
「お待たせですわ」
ディアーナは笑顔で部屋の外へ出た。
王族特有の紫色の瞳が優しく、微笑んでいた。
「さあ、行こうか」
セイリオスは手を差し伸べる。
ディアーナは成人したのだと再確認した。
貴婦人扱いされて、照れる。
淑女らしく、手を重ねる。
舞い上がってしまって、中庭までの道のりは上の空だった。
朝の中庭は、まだ眠りについているようだった。
この季節にふさわしく百花の女王が陽の光を浴びていた。
「ここの薔薇でしたのね」
ディアーナは綻びかけた薔薇を見つめる。
すでに甘い芳香が漂っていた。
毎年、贈られてきた一輪の薔薇。
セイリオスは固い蕾の薔薇を手折る。
おそらく今までもそうしてきたのだろう。
手慣れた仕草だった。
「ディアーナ。
これでプレゼントはおしまいだ」
深みのある色合いの薔薇が差し出された。
「来年はいただけないのですか?
毎年、楽しみにしておりましたのに」
ディアーナは開いた手の方で受け取った。
誕生の宴がすむ頃には、花びらが開いているだろう。
「それは、ディアーナの夫の役目だ。
もう、兄の手はいらないだろう」
すっと手を離された。
それが寂しくて、ディアーナは俯いた。
「今日の主役がそんな顔をするものではないよ。
王族なのだから、それらしく振舞わなければね」
セイリオスは諭すように言う。
「お兄様は、いつまでも私のお兄様ですわ。
きっと来年も用意してくださるはずですわ」
ディアーナは顔を上げた。
セイリオスは困ったように微笑んだ。
「そうだね。大切な妹だからね。
どうやら、私は甘やかしすぎのようだから。
ディアーナの言う通り、プレゼントを用意してしまいそうだ」
セイリオスは、いつも通りの口調で告げた。
ディアーナは笑顔を浮かべる。
朝食の時間までの短い時間を二人は薔薇が開く中庭で過ごした。
来年を信じながら。