家族ごっこ

「誕生日ぐらい、家族孝行したら?」
 突拍子もないことを異世界からの訪問者は言った。
 キールは視線を上げずに、本のページをめくる。
 唐突に青年の私室にやってきて、挨拶ひとつせず言う。
 そんなことに慣れてしまった青年は、少女の言葉を無視していた。
 ここ数日、キールは郊外の森にも行かずに私室に閉じこもっていた。
 本を読む日々だった。
 一体、何冊の本を読破しただろう。
 数えるのも面倒なほどだった。
 どうやらこの本も、外れのようだ。
 少女の前だったので、ためいきをつかなかった。
 落胆させたくなかった。
 キールなりの配慮だった。
 新しい本を手に取る。
 キールの視線は素早く文字を追う。
「恥ずかしい気持ちも分かるけど」
 芽衣は言った。
 ……恥ずかしい?
 誤解をされる前に訂正なければ。
 キールは視線を上げた。
 芽衣の瞳はキラキラと輝いていた。
 面白いことを見つけた子どものようだった。
 早急に手を打たなければならない、キールは判断し、読み止しの本にしおりを挟む。
 何を誤解しているのだろうか。
 兄と自分は誕生日を祝いあうような関係ではない。
 とっくのとうに成人しているのだ。
 成人男性が女子どものように誕生を祝って喜ぶなんて話を聞いたことがない。
 王都にきて、再会を果たしたが各々の人生設計で生きている。
 建前上、兄が街に家を持ったが、キールは院で過ごすことがほとんどだ。
 兄と顔を合わすことは王宮内だけだった。
 このまま交わらずに、各自の道を進んでいくのだろう。
 少なくともキールはそう思っていた。
「二人きりの兄弟なんでしょ?
 祝えるうちは祝った方がいいよ」
 芽衣は言った。
 キールは被保護者を見た。
 いつもは明るい瞳が陰っているように見えた。
「兄貴に何かを言われたのか?」
 キールは問う。
 読みかけの本をテーブルの上に置いて、肘をつく。
「街の家に帰ってないんでしょ?
 それって寂しくない?」
 いつもよりも沈んだ声で芽衣は言った。
 真昼の照明器具、と言われる少女にはたいへん珍しいことだった。
 誕生日なんて、所詮生まれてきただけの日だ。
 少女にはこだわりがあるのかもしれないが、その考えを押しつけられたくない。
「まさか。
 こちらもあちらも忙しい。
 寂しさを感じる暇なんてないさ」
 キールはためいきをついた。
 少女はまったく何を考えているのか、分からない。
「お前の家では律儀に祝っていたのか?」
 元の世界では、まだ学生だと聞いた。
 子ども扱いされてもおかしくない。
 芽衣の顔が輝く。
「ケーキに歳の数だけロウソクを立てるの。
 お父さんやお母さんだったら、お酒も飲んでいたかなぁ。
 アタシや弟は好きな物を用意して」
 思い出したのだろうか。
 少女は、どこか寂し気に言う。
 問いかけなければよかった。
 キールは後悔した。
 芽衣は、自分や兄を疑似家族にして、誕生日を再現したいのだ。
 それは慰めになるのだろうか。
 刹那の喜びにはなるかもしれない。
 けれども時間の経過とともに、傷をえぐるだけになりそうだった。
 そうキールは思った。
「俺は研究に忙しい。
 兄貴の分だけ祝ってやるといい。
 喜ぶだろうからな」
 人の好い兄は、純粋に喜んでくれるだろう。
 明るすぎる少女と楽しい誕生会になりそうだった。
 不純物はいらないのだ。
 どうして、それに賢い少女は気づかないのだろうか。
 キールは視線を本に戻した。
 この本にも、答えはなかった。
 時間の無駄だったらしい。
「アイシュもキールがいなかったら、寂しく思うよ。
 二人は双子なんでしょ?」
 芽衣は言った。
「双子だが、それを根拠にするには理由としては薄いな。
 もっと気の利いた理由を用意して出直してこい」
 キールは未読の本の山から、新しい本を引き抜いた。
 この話題が二度と出ないことを願う。
 ただ歳を重ねるだけなのだから。
 自分の無能さを痛感するだけになる。
「絶対、誕生日を祝ってあげるんだから!」
 被保護者は変な決意を表明する。
 こちらが祝って欲しい、と頼んでいるわけでもないのに。
 台風のような少女は、嵐のように部屋から出ていった。
 キールはそれを見送ることはなかった。
 その代わり、ためいきを一つついた。


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