よく見ている

「お前は誕生日ぐらい大人しくできないのか!」
 緋色の肩掛けをした魔導士は声を荒げた。
 談話室中に響き渡るものだった。
 それを受けた異世界からの訪問者はきょとんとした顔をした。
「不満があるなら訊こう」
 青年は言った。
「キール、アタシの誕生日を覚えていたの?」
 芽衣は歳よりも幼く見える様子で尋ねた。
「一度、聞けば覚える」
「すっごーい!
 さすが緋色の肩掛けの魔導士」
「一応、お前の保護者だからな。
 この世界では成人している年齢なんだ。
 少しは落ち着きを持て」
 くどくどとお説教をする。
 それすら芽衣には嬉しくて
「はーい!」
 と元気に頷いた。
「返事だけはいいな」
 青年はあきれたような顔をする。
「今回はアタシのせいじゃないよ!
 巻きこんじゃったのは悪いと思うけど。
 ……相手の好きな所を十個伝えられないと出られない部屋だって」
 芽衣は腕を組む。
 栗色の瞳は『困った』と言っていた。
「文字を読めるようになったんだな」
 キールは感心した。
 砂に水が流れるように、少女は魔導士としての才能を開花する。
「この世界に来て、半年近いんだよ。
 簡単な文字ぐらい読めるようになりました。
 そのうちキールを追い抜いちゃったりして」
「寝言は寝て、言ってくれ」
「冗談が通じないな、キールは」
 異常事態だというのに楽し気な芽衣の心境は分からない。
 魔法の暴走は院でも防げない。
 どれだけ優秀な魔導士でも起こすのだ。
 キール=セリアンでも起こしたのだ。
 結果、元居た世界から離れてしまった少女は辛くないのだろうか。
 青年は目を瞬かせる。
 今は、そんなことで感傷に浸っている場合ではない。
 一刻も早く、暴走を止めなければならない。
「付き合いきれないな。
 そういうのを好む連中と仲良くしてくれ。
 少しの間、黙ってろ。
 保護者であるキール=セリアンは言った。
「はーい」
 芽衣は楽天的な返事をした。
 軽く目を瞑ってキールは
「いつも一生懸命なところ。
 嫌なことがあっても笑顔でいてくれるところ。
 無駄に元気なところ。
 心細いはずなのに涙を見せないところ。
 頑張り屋なところ。
 俺と兄貴を区別してくれるところ。
 課題が山積みでも挑戦するところ。
 女心なんてわからない俺を頼ってくれるところ。
 他にも行ける場所があるはずなのに、院にいてくれるところ。
 意外に料理上手なところ」
 すらすらと指折りをしながら答えて言った。
 カチッと鍵が開いた。
「へー、キールはアタシをそんな風に見てたんだ」
 芽衣は驚いた。
「こう見えても保護者だからな。
 十個ぐらい楽勝だな」
 キールがホーリーグリーンの瞳を開ける。
「実はアタシのこと好きだったりして」
 芽衣が楽し気に言った。
 キールは焦げ茶色の髪にふれた。
「どうだろうな。
 さあ、部屋に戻るぞ」
 最年少で緋色の肩掛けを手にした青年は微かに笑った。
 貴重な表情だったが談話室にいた者を氷つかせた。
 廊下を歩きながら
「ああ、言うのが遅れたな。
 誕生日おめでとう」
 キールは何事もなかったかのように言う。
 できるだけ平静に。
 できるだけそっけなく。
 家族や友達のいない世界で迎える誕生日は、どれだけ孤独だろう。
 早く、元の世界に帰してやりたい。
 キールでは代わりになれないのだから。
「ありがとう!」
 芽衣は幸せそうに笑った。
「今日はもう静かに読書でもしていてくれ。
 後始末を考えると、もうこりごりだ」
「暴走した魔法を修正するの?」
「専門ではないが解いてやらないとな。
 被害者を増やすわけにはいかない」
 面倒くさそうにキールは言った。
 骨の折れる作業だ。
 けれども、誰かがやらなければならないことなら、自分でやった方がいい。
 緋色の肩掛けは能力を誇示するためにあるものではない。
「キールって、そういうところ優しいよね」
 栗色の瞳をキラキラと輝かせながら芽衣は言った。
「自分のできることをするだけだ」
「褒めてもらえるわけでもないのに。
 それでもやるんだから。
 みんなキールのこと、誤解しているよ」
 被保護者は嬉しくなるようなことを言ってくれる。
「知っている人間がいるだけで、充分だ」
 キールは本心から言った。
「じゃあ、アタシはたくさんキールのこと褒めるね!」
 芽衣は無邪気に言った。
 こんなことで満たされた、と思うのだから自分も甘くなったものだ。
 少女に気がつかれないように、そっとためいきをついた。


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