曹魏の城、奥深い寝室。
蝋燭の明かりが揺らめき、密やかな夜を照らす。
若き夫婦の寝所も、穏やかな光が包み込んでいた。
「欲しいものがある」
唐突に、夫は声を発した。
「何を、とお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わぬ」
控えめに訊くと、夫は満足そうな表情をした。
それがおかしくて、甄姫は口の端を微かに上げる。
「どうしても。
いや、どんな手を使ってでも手にしたい。
それのためならば、私はどんな苦労もいとわない」
夫は珍しく口数が多かった。
青い焔にも似た瞳を甄姫は見上げる。
蝋燭の明かりに照らされて輝く二粒の宝玉。
それが星よりも明るく輝いている。
「まあ……。
妬けてしまいますわね」
甄姫はクスクスと笑う。
「私、そのものになりたいですわ。
我が君の心を占める、そのものに」
そっと、夫の首筋に腕を絡める。
自分とは違う手ざわりのする髪ごと、抱きしめる。
「なりたい、そう思うか……」
吐息がそっと甄姫の肌をくすぐる。
まるで、情事のときに交わされる愛撫のよう。
「もちろんですわ。
私は、嘘偽りを申すような口は持っておりません」
そう言いながら、甄姫は夫の唇をなでる。
少しかさついた口を。
「そうか。
人というものは、実に滑稽で醜いものなのだな」
自嘲気味な笑みを浮かべる夫に、甄姫も笑みを深くする。
「ですが、美しい。
我が君はとても輝かしく、とても力強い」
「その言葉、そなたに返そう。
私には似合わぬ言葉だ」
曹丕という人間は、あまりにも自分の魅力に疎い。
周りの者がどれだけ褒めようとも、決しておごることなどない。
この人の長所ではあるけれど、それが今は寂しいと思う。
心までつき返されたような気がして。
「いえ、この言葉と、こもった心。
我が君のものですわ」
甄姫は言った。
心からの言葉が、心に届かない。
それはあまりに切ない。
裏切られたような気さえしてくる。
だから、甄姫は言葉を尽くす。
「……。
意外と簡単なものだな。
人の心を得るというのは」
曹丕は嬉しそうにささやいた。
甄姫を抱く手に力がこもる。
「……我が君?」
目を瞬かせ、夫の顔を見る。
その表情は明らかに『喜』。
一瞬、思考が止まる。
「欲しかったもの。
それは甄、そなたの心だ」
目を細める夫を見て、甄姫は思わず目を瞬かせる。
そして次の瞬間、満面の笑みを浮かべた。
強引な手など必要なく。
どうしても手に入れたいものは、すでに手中にあった。
若き夫婦は、これまでよりも仲睦まじく暮らしたと言う。
丕甄祭U
□ドラマチックに丕甄五題 ‐ラブストーリーは突然に‐
「3 半ば強引な手をつかっても、どうしても手に入れたい」を、お借りしました。
ありがとうございます!
この作品は「一日一膳」管理人の一期れみと合作いたしました。
どの部分を金風が担当したか。どの部分を一期が担当したか。
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