姉の大喬が誘われて、孫策と出かけてしまうことが多いから、妹の小喬は周瑜と一緒にいる時間が必然的に増える。
その日も、小喬は周瑜の傍にいた。
「周瑜さまって、詩を作るの上手だね」
小喬はさらさらと書き上げられていく詩に、感心する。
淀みなく、水が流れていくように筆先が絹布の上をすべる。
すると、それは一つの詩になる。
書き上がったばかりの絹布に、小喬はふれる。
「こんなものでよければ、持っていくと良い」
周瑜は微笑んだ。
「え、良いの!?」
「ああ」
「ありがとう!」
歳よりも稚い少女は、ニコニコと笑う。
「これから毎日、小喬に詩を贈ろうか」
甘い茶色の瞳をさらに和ませて、周瑜は言った。
「ホント?
嬉しいっ!」
自分の感情に素直な少女は、喜びを体全体で表す。
「ありがとう、周瑜さまっ!」
「お姉ちゃん!
周瑜さまから、お詩もらっちゃったよ!」
嬉しくなった小喬は、大喬の部屋に駆け込む。
もらったばかりの絹布をしっかりと握り締めて。
「し、小喬?」
珍しく部屋にいた大喬は、妹の突然の訪問にびっくりしていた。
そんなことはお構いなしに小喬は、背丈の変わらない姉に抱きつく。
「見て、見て。
周瑜さまって、何でもできるんだよ!
すっごいよね」
「あなた、詩をもらったって」
「うん。
周瑜さま、優しいからくれたの」
小喬は絹布を開いて、姉に自慢する。
「これ……」
「周瑜さまは、詩を作るのも上手なんだよ。
これから、毎日あたしにくれるんだって。
すっごく、嬉しい!!」
「恋文……じゃないの?」
「え?」
「この佳人って、小喬のことでしょう?
双華の一つ、未だ蕾は開かず。って」
大喬は言った。
「ヤダなぁ、お姉ちゃん。
恋文っていうのは、恋人からもらうものでしょ。
周瑜さまとあたしは恋人同士じゃないから、これは恋文じゃないよ!」
「いい、小喬。
恋文は恋人同士だけじゃなくて、片思いでも出すものよ。
自分の気持ちを相手に知ってもらうために、書いたりするのよ」
大喬は噛み砕いて妹に説明する。
「え、だって。
周瑜さまは、そんなこと言ってないよ!
これだって、あたしが欲しそうにしていたから、くれただけで……」
稚い少女の頬が赤く染まっていく。
「この詩。
美しい花の蕾があって、毎日眺めていても飽きない。
大輪に花開く瞬間を待っているけれども、まだそれは先のような気がする。
待っている間に強い風が吹いて、枝ごと失われてしまうかもしれない。
だから、毎日その花を見守っている。って、意味よ。
小喬のことでしょう?」
「えー、そんなことないよ!
お姉ちゃんの考えすぎっ!!」
小喬は大否定する。
「これが恋文だったら、小喬はどうするの?」
「どうするって!?」
「周瑜さまと結婚するの?」
「そんなことわからないよ!
だって、だって、言われたことないもん!
周瑜さまとは、そんなんじゃないもん!
お姉ちゃんの馬鹿ぁ!」
小喬は声量の限り叫ぶと、逃げるように部屋を飛び出した。
全然、わかんない。
周瑜さまから、お詩をもらって嬉しかったから。
お姉ちゃんに自慢したくなっただけなのに。
恋文とか、意味わからない。
結婚なんて、もっとわからない。
そんなんじゃないのに……。
……そんなはずないのに。
考え事をしながら歩いていたら、自然と足はそこに向かっていた。
「小喬、どうしたんだ?」
優しい声が降ってきて、小喬は顔を上げた。
「あれ、周瑜さま」
少女は目を瞬かせる。
気がつけば、そこは周瑜の書斎で。
何か調べ物をしていたのだろうか。
整理整頓されている書卓は、開かれた竹簡が何本もあった。
「来るつもりはなかったんだけど。
来ちゃった」
小喬は困ったように笑った。
「あのね、周瑜さま。
お姉ちゃんとケンカしちゃった」
「言い争いとは珍しい。
でも、謝ればすぐにでも許してくれるだろう」
周瑜は竹簡を巻き直しながら、言った。
「謝らないよ」
「小喬は後悔してるんじゃないか?」
「だって、お姉ちゃん変なことを言うんだもん」
小喬は声をとがらせる。
「変なこと?」
青年の視線が怖くて、小喬はうつむいた。
本当に変なこと過ぎるのだ。
「……。
周瑜さまがくれた詩は……恋文だって」
少女はボソボソと言う。
笑いをかみ殺し損ねた声に、小喬は顔を上げた。
「今回ばかりは、小喬の味方になれそうにない。
大喬の方があっている。
私は最初から恋文のつもりだったよ。
もちろん、小喬が気づいていないことはわかっていたが」
周瑜は青年らしい笑顔を浮かべた。
「え」
「迷惑だろうか?」
周瑜の眼差しが真摯で情熱的だったため、小喬は言葉の紡ぎ方を忘れてしまった。
少女は首を横に振ることで、ようやく自分の意志を伝えることができた。