「あのね、周瑜さま!」
雲雀のように飛んでくる小さな少女。
クリッとした大きな瞳が期待で輝いている。
「どうしたんだ?」
周瑜は妻の幼い仕草に微笑を浮かべた。
「あのね!
ないしょのお願いがあるの」
小喬は周瑜の袖を引く。
「そろそろ、軍議があるのだが……」
困ったように言うと、
「うん。だから、お願いなの」
小喬は無邪気に笑う。
妻の『お願い』にめっぽう弱い周瑜は、折れた。
「ちょっとだけだぞ」
「わーい!」
胸の前でポンと手を叩いて、小喬は笑った。
小喬は周瑜の手を引いて、人気のない一室に入る。
注意深く、辺りをキョロキョロと窺う。
いったい何があるというのか。
周瑜は首をかしげる。
「あのね。
魔法を使えるようになったの!」
小喬は叫んだ後、慌てて口を両手で隠す。
「魔法とは?」
周瑜は優しく問う。
「えへへ。
尚香さまに習ったの。
孫家代々の魔法なんだって」
「孫家の?」
周瑜は眉をひそめた。
そんな話はいまだかつて聞いたことがなかった。
親友の孫策とはもう十数年の付き合いになるが、あのおっちょこちょいが一言も漏らしたことがないのだ。
秘密の魔法なのだろうか。
それはどんなものなのか、周瑜は心惹かれた。
「無事に帰ってこれる魔法なんだって!」
自慢げに少女は笑う。
それで納得いった。
戦場に行く前にしなければ意味がない。
「ちょっと、かがんで」
小喬は袖を引っ張る。
可愛いお願いをきいて、青年は膝を曲げる。
ちゅっ
頬に柔らかな感触。
「これで絶対、大丈夫♪」
小喬は照れ隠しにクスクスと笑う。
すべらかな頬がほんのりと染まっているのを見て、周瑜は微笑んだ。
「効果がありそうな、魔法だな」
周瑜は言った。
小喬が人目を気にしたわけも。
孫家の魔法がひた隠しにされているわけも。
それなのに、続いているわけも。
周瑜はわかってしまった。
これからは周家代々の魔法になるだろう。
周瑜は確信した。