火の粉が舞う軍場。
大儀や名分というものは、あまり意味のないものだった。
誰かの背中を押すことはできるかもしれないが……。
それだけで武器を手にする者は、いかほどいるというのだろうか。
双剣を握る少年の戦う理由。
そんなものはなかった。
それは、永遠に手に入らないように思えた。
「戦場に出ない」という選択肢自身、彼には与えられなかったからだ。
彼は故郷のため、一族のため、戦わなければいけなかったのだ。
証明するように、一度たりとも彼が尋ねられたことはなかった。
「いったい、何のために戦っている?」とは。
少年のはしばみ色は、戦場を眺めていた。
見て、いなかった。
反射的に体は動く、息をするよりも自然に他者の命を吸っていく。
それに心が揺らされることはない。
狂い一つなく、双剣は舞う。
その剣舞を目にした者を一人残らず、片道だけの道に誘う。
彼が戦場に立たされる理由はそれだった。
薄ぼんやりと手繰り寄せる。
香り高い「死」という響きの言葉を。
死にたいわけではない。
ただ、そんなものも良いのかもしれないと思っただけだ。
息をしていることも、息を止めることも、大きな差はないような気がした。
どちらも同じ。
人を殺すことも……。
あまり意味がないような気がした。
ほんの一瞬き分。
考えていたのは、それぐらいの時間だった。
戦場では感心できないことだった。
当然のように、矛が振り下ろされる。
尽きることのない火種を受けて白銀が鋭く光る。
自分めがけて。
はしばみ色の瞳は、無感動にそれを映していた。
思うよりも先に手が動く。
右手で矛をはじき、左手が相手の胴を切り裂く。
鮮やかな赤が視界に広がる。
軽く拍子をとるように、後ろに二歩下がる。
血は宙を染めようと、舞い上がる。
人の体には、こんなに血が入っているのか。
ほんの少しばかり意外に思う。
どんな人間であっても、流す血の色は同じなのだ。
己の身の内に流れるそれも、同じ色なのだろうか。
不思議な気分だった。
「何してるの!?」
高く澄んだ声が陸遜を叱る。
それがとても嬉しかったから、少年はごく自然に微笑んだ。
「今、呆っとしてたでしょう!」
尚香が乾坤圏を手に走りよってくる。
「いえ。
そんなことはありませんよ」
危険じゃないですか、陸遜は答える。
「見ていたわよ!」
少女は言った。
「ああ、そうなんですか?
気のせいですよ」
陸遜は双剣を血のりを払う。
「陸遜は、何のために戦ってるの?
こんなところで呆っとして!!
そんなに嫌なら、来なきゃいいでしょっ!?」
尚香は言った。
たっぷりと三呼吸分。
はしばみ色の瞳と緑の瞳が見つめあう。
それを敵が見逃すはずもなく、二人に槍が襲い掛かる。
大振りに宙を薙ぐそれを、やすやすと避ける。
「陸遜のせいよ!」
少女は怒鳴りながら、乾坤圏を振るう。
建業の城で見たように、その舞は美しい。
潔い彼女の性格をあらわして、戦火の中、いっとう綺麗だった。
「え、そうですか?」
微笑みながら、双剣が敵を切り裂く。
「後で話し合いましょう!
覚悟しなさい!!」
「怖いですね」
手に入らないもの。
どんなに焦がれても。
戦う理由。
ここに立つ理由。
それが形になりそうだった。
そんな予感を陸遜は感じた。
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