夕紅


 地平線に呑みこまれていく夕日は、人を感慨深いものにする。
 帰り道、寄り道。
 わざと遠回りして、少しでも長く一緒にいたいと思う。
 戦と戦の間の、短い平和。
 次はないかもしれないと思うせいか、この時間はとても尊いものに思える。
 少女の明るい茶色の髪が風にさらわれる。
 女性にしては短すぎる髪、残念だと思うと同時に、彼女らしいと思ってしまう。
 男物の袍に、化粧の施されていない顔。
 その姿だけ見れば、陸遜と大差ない。
 だが、無理なく似合っている。



「なあに? 陸遜」
 緑の瞳が振り返る。
 世界に一粒落とされた希望の色は、夕焼けの中でも美しかった。
 その瞳の中に写れることが嬉しかった。
「いえ、何でもありません」
「そう?
 視線を感じたんだけど」
「いつまで、遠回りをするのかと思って」
 陸遜は微笑む。
「日が沈むまでには帰るわよ。
 でも、もうちょっとぐらい良いでしょ?」
 あたたかな手が陸遜のそれを取る。
 体温の違いが心地良い。
 じんわりとお互いのぬくもりが混じっていく。
 見えない絆がカタチになったような気がする。
「ええ、そうですね」


 少女を茜色の光線が縁取る。
 かけがえのない存在だと、再確認する。
 純粋な感動。
 彼女はとても美しい。
 この世のあらゆるものの中で、最も美しい。
 どうして、自分は彼女の隣にいるのだろう。
 本当に、自分でよかったのだろうか。
 好きになればなるほど、不安になった。


「私が姫を好きな理由なら百数えられるのですが、あなたが私を好きな理由が見つからないのです」
 陸遜は寂しげに微笑んだ。
 どうして、隣で笑っていてくれるのだろう。
 くりかえしくりかえし、打ち寄せる波のようにやってくる疑問。
 それは陸遜の不安。
「ほっとけなかったから」
 ぽつりと尚香は言った。
 はしばみ色の瞳は、愛しい人を見つめる。
「仕方がないじゃない、気になっちゃったんだから」
 高く澄んだ声が言い放つ。
 その頬が朱色に染まったのは、夕焼けだけのせいではないと思いたい。



 これからも、きっと不安になるだろう。
 また、同じことを尋ねてしまうだろう。
 彼女は本当に美しいから。
 本当に自分だけのものになってくれるのか。
 訊いてしまうのだろう。
 陸遜は落ちていく太陽に染められた空を見上げて思った。


真・三國無双TOPへ戻る