地上が最も光り輝く季節。
休息を求めて、陸遜は院子に出た。
孫呉の弓腰姫は、そのあだ名を返上するかのように、花々の中にいた。
緑色の瞳はすぐさま陸遜に気がつき、和んだ。
手招きされて、少年は孫家の小妹の元まで足を運ぶ。
「綺麗な花ですね」
陸遜は言った。
「ええ、一番良い季節ね」
柔らかな色の衣をまとい、長い裳裾を引きずりながら尚香は花々の中を歩く。
明るい色の髪には、摘んだばかりの白い小花が飾られていた。
「これだけ咲くと圧巻ですね」
少年は少女の影を踏まないように付き従う。
普段の勇ましい格好も良いが、娘らしい姿もまた良い、と思う。
一体誰のための装いか、怖くて尋ねられない。
が、それを見ることができた幸運を喜ばずにはいられなかった。
「陸遜は花が好き?」
「はい」
「じゃあ、部屋に花を持っていく?
何本か庭師に切らせるわ。
どれも綺麗に咲いているでしょう?
陸遜はどの花が好き?」
尚香は右手を広げ、勧める。
袖が柔らかに風をはらみ、細い指先が見えた。
見慣れているはずのものが格別のものに思え、陸遜はドキッとした。
「一輪で十分ですよ」
「欲がないのね。
何本でも好きなのを選んで良いのよ」
尚香はクスクスと笑う。
その唇に乗せられた紅のせいだろうか。
いつもよりもその声は艶めいて、陸遜の耳朶を打つ。
「その花は、この庭で一番輝いていますから」
「どの花かしら?」
尚香は小首をかしげる。
サラリと髪が揺れ、白く細い首すじがあらわになる。
むせかえるような花の香りに酔ったのだろうか。
陸遜は眩暈を感じた。
「繚乱する百花よりも、あなたが一番綺麗です」
確かに伝わって欲しかったから、一つ一つ丁寧に陸遜は言った。
はしばみ色の瞳は最愛の人を見つめる。
「え?」
尚香は立ち止まり、陸遜を見上げた。
「でも、持ち帰るわけにいかないので残念です。
だから、毎日ここに足を運びます」