背負うべきもの


 二人の若者は各々の獲物を手に相対した。

 この二人は、非常に良く似ていた。
 まだ、若い。
 未来を担うにふさわしい若さにあふれていた。
 もう一点、その両肩にはすでに重い責がのっているということ。
 彼らは、彼ら自身のものではなかった。
 国の威儀、未来といった目には見えない重苦しいものを抱えていた。
 それらが彼らを満たしていた。
 彼らには「私」というものが、希薄だった。
 髪一筋すら「公」、国のために存在しているようだった。

 しかし、その眼差しには一切の迷いがなかった。
 不安、恐れといったものすらなかった。
 曇りない、美しい瞳が互いを見る。

 眼前の「敵」を見る。
 敬意すらこもった視線。
 これから死合をするとは思えないほど、静かな目をしていた。

「姜伯約殿とお見受けします」
 双剣を手にした少年が言った。
 姓を陸、名を遜。字を伯言という。
 孫呉の大都督、此度の戦の指揮官である。
「いかにも」
 姜維は得物を構える。

 二人の間に緊張が走る。
 それは小気味良いものだった。
 放たれるのを待つ矢のように、キリキリと緊張感が絞られていく。

 よく似た二人は、まったく違う表情を浮かべる。
 片や、研ぎ澄ました真剣そのもの。ふれたらハラリと斬れるほどの気迫。
 片や、柔和な微笑み。戦場には不釣合いなほどのそれ。
 二人は似ていたが、正反対であった。
 それは二人の姿勢の違いだった。
 死ぬわけにいかない者と死んでもかまわない者。
 その心構えが、両者に明確な差をつける。

 姜維は死ぬわけにはいかなかった。
 亡き師、諸葛亮の願いを叶えなければならない。
 漢王室復興のため、これから先も歩き続けなければならない。
 この戦は、そのための第一歩にしか過ぎない。
 だから、こんなところで立ち止まってはいけないのだ。

 陸遜は死んでもかまわなかった。
 今まで、愛する故郷のために戦ってきた。
 その志を同じくする者がいる。
 ここで陸遜が果ててしまっても、未来は紡がれていくのだ。
 だから、平和の礎になるためなら、ここで散ってもかまわなかった。

 孤高であるか、総意であるか。
 それがくっきりと二人の差になる。
 国のための戦いであるというのに、差がついた。

 そして、今ひとつ。

 二人は諸葛亮という男を追い続けてきた。
 三国切っての天才の才を見つめ続けてきた。
 姜維は師と仰ぎ、その軍略の才を直に受け継いだ。
 正当な後継者だった。
 陸遜は男を越えるため、己を琢磨した。
 正当な挑戦者だった。
 偉大すぎる軍師。
 それを巡る戦いであった。
 諸葛亮を乗り越えられるのか、否か。
 臥龍は、本当に龍だったのか。
 それを試すための天の配剤。


 今、戦いの火蓋が切って落とされた。


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