おそらく嬉しい報告。
普通の夫婦であれば、喜びを分かち合うような。
そんな事実を、甄姫は告げた。
蒼とも碧ともつかない瞳が見つめる。
「我が君?」
いつもとは違う眼差しに女は途惑いのまま、言葉をつむぐ。
「いや、何でもない」
曹丕は長い吐息と共に言う。
それがあまりに普段の青年とは違うものだったため、甄姫の困惑はさらに大きなものになる。
甄姫は他人の顔色を伺うなどしない女だが、この時ばかりは違った。
初めての経験に途方に暮れているのだ。
嬉しいと思う。
が、まだその実感がわかない。
つかみどころのない感情を宿しているというだけで、不安になるのに、夫である青年の言動は心臓に良いものではなかった。
それ以上、何と声をかけて良いかわからず、甄姫は視線を床に落とした。
塵一つなく掃き清められた石の上に、二つの影が揺れている。
鈍色の空が投げかける光は弱々しく、一つになれない影はぼんやりとしていた。
「不思議な気分だ」
静かな声だった。
感情というものをすべて払拭したような、淡々とした音だった。
それが甄姫の耳に届く。
いつもどおりの話し方が、今日はひどく気にかかる。
何の感情も読み取れないから……怖いと感じる。
「私のような者でも、父になるのだな」
曹丕は言った。
声は、何も示してはくれない。
けれども、その言葉は……違う。
わずかに途惑いがにじんでいた。
そろそろと顔を上げてみれば、淡晶色の瞳と出会う。
双眸は静かだった。
激することなどない瞳に変化はない。
「子ができるとは思ってもみなかった。
が、もっともな帰結だな。
甄の生む子なら、男でも女でも美しいだろう。
楽しみだ。」
青年は他人事のように言う。
「子の父は、我が君ですわ」
勝気な目は、夫をにらみつける。
城の中では数多の噂と憶測が飛び交う。
甄姫の自尊心を刺激するには、充分なほどに。
「当然だ」
曹丕は口元をゆがめるように笑うと、甄姫の頬をなでる。
武器を持ち、戦場を駆けているとは思えない繊細な指先は、確かめるようにその輪郭をなぞる。
「この肌にふれて良いのは、私だけだ。
天帝であっても許さぬ」
淡々とした声は言い切った。
恐れを知らないその態度が夫らしくて、甄姫は笑みをこぼした。