熱のこもったやりとりの後、ぼんやりと天井を眺める。
指先には、ほんのりと余韻が残っている。
それを逃すまいと、曹丕は無意識にこぶしを握る。
傍らには、自分とは違う個がある。
それが意外な気がした。
一糸まとわぬ無防備な姿でいるというのに、ひどく安堵する。
まどろみにも似たこの空気の中、いつまでもたゆたっていたいと思う。
理性は頭の片隅に追いやられ、感覚が体を支配する。
どこの誰であれ、人であれば、いや獣であれば等しく同じことをする。
子孫繁栄のためであり、純粋な快楽追求のためだ。
やることに大きな違いはない。
差はいったい何なのだろうか?
「我が君?」
甘やかな吐息が尋ねる。
「何をお探しですの?」
百花の王よりも華やかな女が上体を起こす。
掛け布がその肩から滑り落ち、月光に珠のような肌がさらされる。
白くすべらかな肌には、戦の痕はひとつもない。
天は己の創りだした最高の芸術品が傷つくのを厭うのだろうか。
祝福されたものという称に似つかわしい肌に、曹丕はふれた。
「どうしてそう思う?」
細い体を抱き寄せ、訊いた。
「そういう顔していましたわ」
物憂げな声が耳朶をくすぐる。
その肌の心地よさ、あたたかさを青年の掌は堪能する。
「たいしたことではない」
「我が君は秘密主義ですのね」
棘華色に爪紅がほどこされた指先が曹丕の頬をなぞる。
「どうすればその心に入りこめるのか。
私はそればかりを考えていますのよ」
女は言う。
肉食の花々のように貪欲な色をした唇が笑う。
強い執着。
生きることにひたむきな女だった。
外見は天人のように清らかで、璧の如くだというのに。
その中身は人間の最たるものだ。
時に浅ましく、意地汚く、醜悪ですらある。
だが見苦しいと、曹丕は感じたことはなかった。
その両極端さが、絶妙な均衡を保っていた。
逸らすことは一瞬きも許さないと言わんばかりの、危うい美が存在した。
見失ったら最後、この稀有なものはただの汚泥になってしまうのではないか。
そんな気すらした。
この天の下の王の視線を女はつかんで離さない。
自己主張の激しさが、魅力的だった。
「そなたのことを考えていた」
曹丕は言った。
「まあ、お上手ですわね。
嘘でも信じてしまいますわ」
黄金の鈴を転がすような笑い声が、月の素肌よりも白いその喉を通る。
「他の女でもよさそうなものだが」
青年は妻の細い腰から背にかけて撫であげる。
「何故、そなたでなければならないのか?」
美しいだけの女なら他にもいる。
才豊かな女なら、なおのこと。
だが、情欲を覚えるのは一人。
夜毎その体をむさぼろうと、満足できない。
喉が渇くように、引きつった欲に焦がされる。
青年は妻を組み敷いた。
嬌声があがる。
しなやかな腕が曹丕の首にからみつく。
「そなた以外の女は木偶だな。
抱く気にもならん」
曹丕は言った。
「そのお言葉、違えたときは……」
「好きにしろ」
妻の剣呑な言葉に、青年は笑った。
「ええ、もちろんですわ」
えも言われぬ笑みを甄姫は浮かべる。
自分を曲げることをしない。
どこまでも気まま、我がままな女だ。
言葉を違えたときは、必ず曹丕を殺すだろう。
自分だけのものにするために。
可愛らしいほど単純で、愚かだった。
殺されてもかまわない、と思うほどに青年は病んでいた。
この女の腕の中なら、本望な気がした。
生を受けて以来、天命のまま生きてきたが、その半生をふいにしてもかまわない。
女を選んだのは他ならぬ自分であり、周囲の反対を押し切ったのも自分であった。
だから、なのかもしれない。
曹丕はそこで考えを打ち切った。
答えはもう出ている。
これ以上、考えをめぐらせるのは時の無駄というもの。
青年は、目の前の行為に没頭する。
分別は緩やかに、しかし確実に悦楽にとってかわられる。
それを晧い月が静かに見ていた。
そんな夜のことだった。