幾何学模様に切り取られた玻璃越しに、光が入り込む。
朝とは思えないほど淡い光だった。
曹丕は瞳を開けた。
耳朶を打つのは雨音。
大地を潤す恵の雨とは言え、厄介だと思う。
彼とて人の子だ。
晴れを喜び、雨を嫌う。
青年は上体を起こした。
「我が君……?」
傍らのぬくもりがささやいた。
「起こしたか?」
曹丕は妻を見遣る。
「自然に、目が覚めましたわ」
お気遣いなく、と甄姫は微笑んだ。
「目覚めるにはいささか早すぎるな」
そっと曹丕は手を伸ばす。
弱々しい日差しの中、佳人の輪郭を確かめるようになぞる。
化粧など施す必要のないほど美しい。
本当に生きているのだろうか、と曹丕は不安になる。
造り物のように完璧で、目の前から消えてしまうのではないかと考えてしまう。
「我が君は、早起きですわね」
甄姫は体を起こし、曹丕に寄り添う。
寝台に散った艶のある髪はうねりを描き、甄姫の背に流れる。
「いまだ、寝顔を見たことがありませんもの」
花薔薇色の唇が笑む。
「不満か?」
曹丕は艶やかな髪を一房取ると、唇を寄せた。
「ええ」
「ずいぶんとはっきりと言うな」
青年は口元に笑みをはく。
「言わなければ伝わらないことも、ありますでしょう?」
聡明な瞳が曹丕を捕らえる。
拒絶に近い冷淡をまとう己との壁を取り払おうとしていた。
それは不快でもあったし、待ち望んでいたものでもあった。
恋は不確定要素の高すぎる賭けだ。
堕ちたほうが負けだ。
緊張がキリキリと張り詰める。
天から零れる雫が不規則に地面を打つ。
雨が格子になり、二人を閉じ込めているようだった。
「ならば、言わなくとも伝わることもあるのだな」
曹丕は甄姫を組み敷いた。
聡明な瞳は、ただ曹丕を優しく見つめる。
大地のように穏やかな眼差し。
「もちろんですわ」
白い腕がいたわるように曹丕を抱きしめた。
柔らかな感触に、青年は息を吐き出した。
全てが馬鹿らしく思えてくる。
年上の妻に対する背伸びも、曹魏の跡継ぎとしての体面も、父に対する強がりも。
「では言葉ではなく、想いを示そう」
曹丕はささやき、妻の唇を掠め取った。
「では私は言葉で。
愛しています、あなた」
甄姫は大切な宝物を教えるように、愛しげに言った。
それは、間違いなく大切な想いだった。
「ですから、今度は寝顔を見せてくださいね」
「考慮しよう」
曹丕は微笑んだ。
毎夜、眠りに着く前に心配になる。
目覚める朝に、己の妻は傍らにあるのか、と。
今が都合の良すぎる夢ではないのか、と。