心を見透かされた気がした。
誰にも見せないと思った心情が彼女には見える……?
季節が巡り、時が積もり、それでも変わらぬ美貌の妻は、母のような慈愛を満ちた笑顔を浮かべ眼前に立っていた。
優しい眼差し、柔らかな雰囲気。
激しい気概が前面に出ているために、普段は見落としがちになる。
飾り物のように美しい器に、温かな魂が宿っている。
それは待ち焦がれた春の白い光にも似た、心地良さだった。
しかし、子桓は喜べなかった。
覇道は孤高の道。
それをなし得た帝王の心は、妻であっても知らないはず。
その弱みを知られてはいけない。
もとより、人は人間(じんかん)で独りで生まれ、独りで死ぬ。
原初(はじめ)から孤独なものだ。
「どうかなさいましたの?」
重なったと思った心は離れる。
それで良い。
それが良い。
どうやら取り越し苦労であったらしい。
「フッ……」
子桓は笑みをこぼした。
「叶ってしまえば、夢は夢でなくなるな。
現実だ」
「何か欲しいものでもございますの?」
「あると言えば、ある。
ないと言えば、ない」
「謎掛けですわね」
クスクスと甄姫は笑う。
「解いてみるか?」
子桓は妻の細い腕をつかむと引き寄せた。
花の香りがする女人は、難なく腕の中に落ちる。
「我が君の心は難しいですわ。
私にはわかりません」
聡明な女は嬉しくなるようなことを言ってのける。
「未来はすでに私のものではなくなった。
私の知っている未来はここまでだ」
予測できる事態に、手を打つ。
不安定要素まで計算に入れて、綿密に道を引いた。
未来は常に想像の範囲でしか起こらず、出来事は滑稽なぐらい忠実であった。
不慮は生じることなく、面白みにかけるほど、あっけなく終わった。
天下統一とは、この程度のことであった。
「この先は、知らぬ。
これからが、面白い。
そうは思わぬか?」
子桓は口元に笑みをはく。
自分の目が届くまでの未来。
それを覆す不慮の事態を子桓は楽しみにしていた。
泰平の世がどこまで続くのか?
それは父には、なし得なかった未来だ。
誰も彼もが、天下統一を、その覇権を争ったが、その先の世を考えてもいなかった。
帝王は静かに未来を見つめた。