「12月24日」編 21年版

 
 ノックの音もなく扉が押し開かれた。
 そんなことをするのは一人きりだろう。
 真昼の照明器具のような護衛武将だけだろう。
「司馬懿様、メリークリスマスですよ!」
 お盆を抱えたが無駄に元気よく入ってきた。
「どこで覚えてきた」
 仕事をしていた司馬懿の手が止まる。
 異国の言葉と習慣だった。
 寒村出身のには学はない。
 嫌な予感しかしない。
「殿から教えてもらいました。
 それで甄姫様とお菓子を作りました!」
 は明るく白状する。
 元より隠す気はなかったのかもしれない。
「配り歩いているのか」
 司馬懿は顔を上げた。
「え?」
 黒い瞳が瞬く。
「これは司馬懿様だけですよ。
 今日は大切な人と過ごす夜なんですよね?」
 は小首を傾げる。
「……大切か」
 護衛武将からもれた意外な言葉に苦い思いをする。
 身を盾にしてかばう護衛武将にとって、大切だと言われる。
 そんな滑稽なことはあるのだろうか。
 司馬懿にとって唯一無二の護衛武将に。
 いつか命を散らして、星になる存在に。
「私にとっては司馬懿様です」
 自信満々には言った。
 それが少しばかり重く、司馬懿には感じられた。
 一刻も早く立ち去ってほしい。
 と話していると、調子が狂う。
 どうして、それほどまでの信頼を預けることができるのだろうか。
「一人で食べるとよい。
 甘いものはあまり好きではない」
 追い払うように司馬懿は言った。
「そういうと思って控え目な甘さです。
 どうぞ食べてください。
 お茶も淹れてきました」
 はお盆を見せる。
「見ればわかる」
 司馬懿はそっけなく言った。
 一人の時間が欲しかった。
「毒なんて入っていませんよ」
 は食い下がる。
 よっぽど食べてほしいのだろう。
 大きな黒い瞳はキラキラと輝いていた。
「あいにく仕事が溜まっている。
 お前だけで食べろ」
 執務机の上に乗っている竹簡はいつも通り。
 山になっている。
「聖なる夜もお仕事ですか?」
「平和でいいだろう。
 ……これも一つの戦場か」
 司馬懿は呟いた。
 零れそうになったためいきを飲みこむ。
「一休みしましょう。
 休憩も大切ですよ」
 は笑顔で言う。
「この仕事の山が見えないのか?
 今日中に決済しなければならない」
「お茶もお菓子も冷めてしまいますよ」
「命令する権利を持っているのは、どちらだ?」
 司馬懿は特権を使うことにした。
「……司馬懿様です」
 護衛武将の顔が崩れそうになった。
「わかっているなら退がれ」
 司馬懿は言った。
「わかりました。
 控えの間にいるので、何かあったら呼んでくださいね」
 は執務机の端にお盆を静かに置く。
「お菓子とお茶はここに置いておきますので、時間ができたら食べてくださいね。
 甘いものは頭の栄養だ、って司馬懿様、おっしゃっていたじゃないですか。
 それでは失礼します」
 はお辞儀をして部屋をとぼとぼと出ていった。
 入ってきた時とは正反対だった。
 まるで泣きそうだった顔は司馬懿の見間違えではないだろう。
 司馬懿は菓子を一切れ摘まんでみた。
 くだらない、と思った。
 期待する自分も、控え目な甘さの菓子をわざわざ用意する護衛武将も。
 深い意味なんてないだろう。
 そうわかっているから、ためいきが零れた。

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